・・・方言で話せたら、語れたら楽しいかも・・・チャレンジあれ!!・・・
【タイトル】 ・・・【御船川】
 昔なあ。
中津川ん、川んなきゃ、太とか池んあいもした。
わきにゃ太とか楠の木んしげって、じくじくしたとこいで、なんかうす気味悪い(ワイ)か池やいもした。
村の人たちゃ、たまがって、池んそばにゃいきよいもさんやった。
こん池にゃ、とても太とかうなぎがすんでおいもして、たまがったこtにゃ、人間でも飲もぅそうな、
おそろしかうなぎやったちゅもさあ。
 あるとき、本土(ジカタ)から一人の男がきもして、一夜(バン)とまいもして、
いろいろ島ん話しばしというちい、宿の人から、太とか池ん大うなぎん話しば聞きもした。
その男は、「そげなうなぎがおいはずはなか、そりゃあうそや」て
て言いもして、本気にしもさんやった。そいで、
「いや、」ほんとうやっどう、そいやっで村ん者(モン)な誰も、あん池にゃ寄り付かんたっどう」
 六ケ敷かカオばして、熱心に話す宿の人に、男はだんだんひきつけらってしもうて、そして、
今度は行たたて見度(ミト)うないもした。あくい朝、夜の明くっとば待って、男は、
こっそいふとんから抜け出(ダ)あて、太とか池にいきもした。
 池んまわいにゃ、大きな草がいっぱい生(オ)えておって、歩くだけでもやっとやいもした。
 とこいが、夕方になっても、男は帰ってきもはんやった。
朝早よう、太とか池んそばば通いよる男ば、みたと言ふ人が、何人かおったばって、
帰ってくい男ばみた人は一人もおいもさんやった。
宿の人が心配しもしたごと、男は大うなぎに飲まれてしもうといもした。
「こらあたいへんなこてえないもしたなー」
「大うなぎが味ば知って、また人間ばのむとじゃあなかいもすとか」
「ああ、おそろいかことやいもすなー」
 みんな口々言うてな、話しゃ島中ひろがいばっかいやいもした。
 そんころ神主(ホイドン)で、なかなかごうけつな日笠山どんという人がおいやいもして、
村中の人々があんまいさわぐもんやっでえ、何とかせにゃならんと毎日考えておいやいもした。
 ある日、そん日笠山どんが、
「おいが神(カン)さあの使いなって、そん大うなぎば退治しもす」
と言いやったもんやっでえ、村の人たちゃみんなびっくいしもした。
「そんなことしやったら、神主(ホイドン)がのまれてしまいやっでえ、やっちゃいきもさん」
 みんなは、本気いなって、あとんたたいがこわかちゅてとめもしたばって、
日笠山どんなやめようたあ言やらんやいもした。
 そのうちい、とうとう、日笠山どんが大うなぎと戦う日とないもした。
村の人たちゃ、心配でたまいもさんやった。
「ほんとうに、やっつけきいやいもんやろうか」
「あぶなかもんやいもすなあ」
「のまれてしまいやれば、どうないもんやろうか」
 口々に言いあいながら、一人も仕事するもんもおらじん、
日笠山どんのしやいこっば見ておいもした。日笠山どんな、白装束に身ばかためやって、
おかしなこてえ、とても長(ナン)かへこ帯ばしといやいもした。
そのへこ帯の長さあ、三尋(みひろ:5m)位もあってたまがいもした。
そして大きな池ん中きゃ、そろっと入っていきやいもした。
 いっときしたいば、むこう側ん木がむくむくと上がってな、大うなぎがうごきだしもした。
日笠山どんが、大うなぎいむこうて泳ぎ初めやいもしたら、日笠山どんのへこ帯が
長んごう水に浮こうでみえもした。大うなぎも、日笠山どんにむこうて泳いできもした。
いよいよけんかが始まいもした。村中(ムラナカ)ん人たちゃだまったまま見ておいもした。
二度、三度、組んだいはなれたい組んだいはなれたいしやった。日笠やまどんな、
あいかぎいの力ばだしやって大うなぎんまわいば、泳いでまわいやいもした。
そんたびい、長かへこ帯ん大うなぎんまわいばぐるぐる巻きもした。
そんうちい長んかへこ帯が大うなぎん頭に巻きつきもして目が見えんごとないもした。
さすがの大うなぎも、自分のからだより長んかへこ帯い巻きつけられて元気がなくないもした。
大うなぎは、だんだんだれももして、日笠山どんの方が優勢にないもした。
なんども、なんども、組(クン)だいはなれたいしというちい、
とうとう、大うなぎは日笠山どんのへこ帯い巻きつけられてしまいもした。
「やいやった、やいやった」
「ほんにつよかいやいもした」
 どうないかことかと、心配して見ておった村の人たちゃ、善(ヨイ)くうで日笠山どんのとこい
走っていきもした。大うなぎは、ぐったいなって死んでしもいました。
「よかった。よかった。」
「大うなぎい、飲まるいことも、もうなくないもした」と、みんなで喜びもした。
 しばらくの間は、島中はこの話しでもちきいやいもした。
こんことが、殿さまの耳いにも入いもして、殿さまあたいへん喜びやって、
日笠山どんば、お城にお呼びいないもして、
よかことばしてくれた。こいで島の人たちも安心して暮らせる。ほうびばやいが何がよかか」
とおおせにないもした。日笠山どんが、
「もったいなかことやいもすが、よかったら船をくいやいもさんか」
と言いもすと、殿さまは、そうか、そうかとうなずきやって、すぐに船ばくいやいもした。
日笠山どんな、殿さまからいただいた船ば、だいじにして、太とか池え浮かべてつないでおいやいもした。
日笠山どんな、この船ば、自分が退治した大うなぎの供養のつもいで、つないでおいやったとやいもそう。
いつまでも、いつまでも、長かあいだ、船がくさるまでつないであいもした。
この船は殿さまからいただいた船やいもしたでえ、みんな御船と言うておいもしたが、
いつごろからか、その川ば、「御船川」ちゆうようにないもした。
もう、そい限いのむかあし。